サービス開発チーム向けカスタマージャーニーマップ作成ワークショップ手順
なぜサービス開発にカスタマージャーニーマップが必要か
サービス開発において、顧客の体験を深く理解することは不可欠です。チーム内で顧客への共通認識が不足している場合、提供するサービスが顧客の真のニーズからずれてしまったり、開発途中で手戻りが発生したりするリスクが高まります。また、複数のチームメンバーがそれぞれの視点から顧客を捉えていると、サービス全体の整合性が失われる可能性もあります。
カスタマージャーニーマップは、特定の顧客(ペルソナ)がサービスや製品とどのように関わるか、その一連のプロセスを視覚化したものです。顧客がサービスを知る段階から利用、そして利用後までの道のりを時系列で追いながら、その時々の行動、感情、タッチポイント(顧客とサービス・企業との接点)、課題などを描き出します。
チームでカスタマージャーニーマップを作成するワークショップを実施することで、以下のメリットが期待できます。
- 顧客視点の強化: チーム全体が顧客の視点に立ち、彼らがどのような体験をしているかを具体的に理解できます。
- 共通認識の形成: 顧客体験に関するチームメンバー間の認識のずれを解消し、共通の理解を持つことができます。
- 課題と機会の発見: 顧客が体験する困難や不満(ペインポイント)を特定し、それを解消するための新たな機会やアイデアを発見できます。
- 開発優先順位の明確化: 顧客体験に最も大きな影響を与える課題や機会に焦点を当てることで、開発や改善の優先順位を判断する材料になります。
- チーム間の連携促進: 顧客中心の視点を持つことで、異なる役割やチーム間の連携が円滑になります。
この記事では、サービス開発チームが短時間で効率的にカスタマージャーニーマップを作成するためのワークショップ手順と、実践的なヒントをご紹介します。
カスタマージャーニーマップ作成ワークショップの準備
ワークショップを始める前に、いくつかの準備が必要です。準備の質がワークショップの成果に大きく影響します。
1. ワークショップの目的とゴールの設定
ワークショップを通じて何を達成したいのか、具体的な目的とゴールを明確にします。例えば、「特定のサービス機能における顧客の離脱原因を特定する」「新規サービスのオンボーディングプロセスにおける課題を発見する」など、焦点を絞ることが重要です。ゴールを明確にすることで、ワークショップ中に議論が脱線することを防ぎ、効率的に進めることができます。
2. ペルソナの設定
カスタマージャーニーマップは特定の顧客像に焦点を当てて作成します。ワークショップの目的達成のために、どのペルソナを取り上げるか決定します。すでに具体的なペルソナがある場合はそれを使用し、ない場合は事前に簡単なペルソナを作成しておきます。ワークショップ時間やテーマによっては、主要なペルソナを1〜2名に絞るのが現実的です。ペルソナには、属性、背景、目標、課題、価値観などを含めます。
3. 参加者の選定
サービス開発チームのリーダー層やメンバーを中心に、サービスに関わる多様な視点を持つ参加者を選定します。開発、デザイン、プロダクト、マーケティング、カスタマーサポートなど、様々な部門からの参加者がいると、より多角的で深い洞察が得られます。参加人数は5〜8名程度が議論しやすく理想的です。
4. 必要なツールの準備
ワークショップ形式に合わせてツールを準備します。
- 対面の場合:
- 模造紙や大型のホワイトボード
- 付箋(複数色あるとフェーズや要素を色分けできて便利です)
- ペン
- マスキングテープやマーカー(ジャーニーのステップや要素を区切るため)
- オンラインの場合:
- オンラインホワイトボードツール(Miro, Mural, Figma FigJamなど)
- ビデオ会議ツール(Zoom, Google Meetなど)
- 必要に応じてドキュメント共有ツール(Google Docs, Notionなど)
オンラインホワイトボードツールは、カスタマージャーニーマップのテンプレートが用意されていることが多く、付箋の移動や整理も容易なため、オンラインワークショップでは非常に有効です。
5. ワークシート/テンプレートの準備
カスタマージャーニーマップのフレームワークやテンプレートを準備します。多くのオンラインホワイトボードツールにはテンプレートがありますが、独自の項目を追加したり、紙媒体で実施する場合は簡単なワークシートを用意したりするのも良いでしょう。基本的なフレームワークには、以下のような項目が含まれます。
- フェーズ(認知、検討、購入/利用、サポート、ロイヤリティなど)
- 顧客の行動(各フェーズで何をするか)
- 思考・感情(各フェーズで何を考え、どう感じるか)
- タッチポイント(サービスとの接点)
- ペインポイント/課題(顧客が困ること、不満点)
- 機会/アイデア(サービス改善や新機能の可能性)
カスタマージャーニーマップ作成ワークショップの手順
ここからは、具体的なワークショップの進行手順を解説します。標準的な2〜3時間のワークショップを想定しています。
ステップ1:導入・目的共有(15分)
ワークショップの冒頭で、全体の流れ、目的、ゴール、そして今回対象とするペルソナを改めて参加者全員で共有します。なぜカスタマージャーニーマップを作成するのか、その重要性を説明し、参加者のモチベーションを高めます。
- 進行役からの問いかけ例:
- 「本日は、〇〇(ペルソナ名)さんが、私たちが提供する△△サービスを利用する際の体験全体を理解することを目的とします。」
- 「このワークショップを通じて、〇〇さんがどの段階でどのような課題に直面しているか、そして私たちがサービスをどのように改善できるかのヒントを見つけ出したいと考えています。」
- 「皆さんの多様な視点から、顧客のリアルな体験を掘り下げていきましょう。」
ステップ2:ジャーニーのフェーズ設定(15分)
対象とするペルソナがサービスと関わる最初から最後までを、大きなフェーズに分割します。一般的なサービス利用プロセスであれば、「認知」「検討」「利用開始(オンボーディング)」「利用」「サポート」「離脱/継続」などのフェーズが考えられます。特定の機能や短いプロセスに焦点を当てる場合は、より詳細なフェーズを設定します。
参加者で議論しながら、重要な節目や段階を洗い出し、時系列に並べます。オンラインホワイトボードであれば、画面上部にフェーズ名のフレームを配置します。
- 進行役からの問いかけ例:
- 「〇〇さんが△△サービスに興味を持つきっかけは何でしょうか?そこから利用を終えるまで、どのような段階を経ると思いますか?」
- 「最初は何を知りますか?次に何をしますか?利用開始にはどんなステップがありますか?」
- 「これらの段階を、3〜5つ程度の大きなまとまりに分けましょう。」
ステップ3:各フェーズでの要素洗い出し(60分〜90分)
設定した各フェーズについて、「顧客の行動」「思考・感情」「タッチポイント」「ペインポイント/課題」「機会/アイデア」などの要素を、参加者一人ひとりが付箋に書き出し、該当するフェーズの列に貼り付けていきます。この際、最初は質より量を重視し、自由にアイデアを出す時間を設けます。
- 進行役からの問いかけ例(各フェーズごと):
- 「このフェーズで、〇〇さんは具体的にどのような行動をとるでしょうか?」
- 「その行動をとっているとき、〇〇さんは何を考え、どのように感じていると思いますか?(嬉しい、不安、混乱など)」
- 「このフェーズで、〇〇さんはサービスのどのような部分(ウェブサイト、アプリ、メール、サポート窓口など)と接点がありますか?」
- 「この段階で、〇〇さんが『困ったな』『もっとこうだったら良いのに』と感じることは何でしょうか?そこにはどんな課題が隠されていますか?」
- 「これらの課題を踏まえて、私たちはどのような改善や新しい提供価値を考えることができるでしょうか?ここに機会はありますか?」
付箋が出揃ったら、グループで似た内容のものをまとめたり、議論を通じて内容を洗練させたりします。特に「ペインポイント/課題」とそれに対する「機会/アイデア」の関連性を深掘りすることが重要です。
オンラインツールの場合は、参加者が各自のPCで付箋を書き込み、リアルタイムで共有ボードに反映させていきます。色分け機能やグルーピング機能を使うと整理が捗ります。
ステップ4:ジャーニー全体の流れと洞察の抽出(30分)
各フェーズで洗い出した要素を時系列に並べ、カスタマージャーニー全体を通してどのようなストーリーが描けるかを確認します。顧客の感情の変化の波をジャーニーマップ上に線で描くことも、全体の理解を助けます。
参加者全体でジャーニーマップを俯瞰し、最も大きな課題はどこにあるか、最も重要なタッチポイントは何か、予期せぬ顧客の行動や感情はあったかなど、気づきや洞察を共有します。ここから、今後のサービス改善や新機能開発に繋がる具体的なアクションアイデアが生まれます。
- 進行役からの問いかけ例:
- 「このジャーニー全体を見て、〇〇さんの体験で最も改善が必要だと感じる点はどこでしょうか?」
- 「私たちが想像していなかった顧客の行動や感情はありましたか?」
- 「特に印象に残ったペインポイントは何ですか?それはなぜそう感じられたのでしょうか?」
- 「このジャーニーマップから、今後の開発ロードマップにどのように活かせるアイデアが見つかりましたか?」
ステップ5:次のアクション決定とまとめ(15分)
ワークショップで得られた洞察やアイデアを具体的なアクションに落とし込みます。例えば、「特定のペインポイントについてユーザーインタビューを実施する」「機会として見つかったアイデアについてプロトタイピングを検討する」「カスタマージャーニーマップをチーム内で共有し、意識向上を図る」などです。
決定したアクションについて、担当者と期限を明確に設定します。最後に、ワークショップ全体を振り返り、参加者の気づきや感想を共有して終了します。
ワークショップを成功させるためのヒント
- ファシリテーション: 参加者全員が意見を出しやすい雰囲気を作り、議論が活性化するように促します。特定の意見に偏らず、多様な視点を引き出すよう心がけます。時間管理も重要です。
- ビジュアル化の徹底: 付箋やオンラインツールの機能を使って、情報を分かりやすくビジュアル化します。色分けやアイコンの使用も有効です。
- ペルソナへの共感: 常にペルソナの立場に立ち、「彼/彼女ならどう感じるか」を想像しながら議論を進めます。
- 完璧を目指さない: 短時間のワークショップでは、詳細なジャーニーマップの完成よりも、チームでの共通認識形成と主要な課題・機会の発見に焦点を当てます。完璧なマップは後で補完することも可能です。
- ワークショップ後の共有と活用: 作成したカスタマージャーニーマップと抽出された洞察、決定したアクションプランは、参加者だけでなく関連チームにも共有し、継続的に活用されるようにします。
まとめ
カスタマージャーニーマップ作成ワークショップは、サービス開発チームが顧客を深く理解し、チームの共通認識を構築するための強力な手法です。アイデア枯渇や顧客ニーズ把握不足といった課題に対し、顧客視点からの具体的な解決策や改善機会を発見する一助となります。
この記事でご紹介した具体的な手順やツール活用法を参考に、ぜひチームで実践してみてください。ワークショップを通じて得られた顧客への深い理解が、より顧客中心で成功に繋がるサービス開発の鍵となるはずです。
ワークショップで作成したジャーニーマップは一度作って終わりではなく、定期的に見直したり、新しい情報を反映させたりすることで、チームの羅針盤として継続的に活用していくことが推奨されます。