サービス開発チーム向け 共感から顧客課題を定義するワークショップ手順
はじめに
サービス開発において、「本当に解決すべき顧客課題は何なのか」を明確にすることは、手戻りを防ぎ、より価値の高いプロダクトやサービスを生み出すために不可欠です。共感フェーズでユーザーへの理解を深めたとしても、得られた情報(インサイト)をそのままにしていると、次に行うアイデア創出の方向性が定まらなかったり、表層的な問題解決に終始してしまうことがあります。
本記事では、サービス開発チームが共感フェーズから得た顧客インサイトを活用し、本質的な課題をチームで共有・定義するためのワークショップ手順を解説します。このワークショップを通じて、チーム内で顧客課題に対する共通認識を築き、その後の開発やアイデア創出の質を高めることが期待できます。
課題定義ワークショップの目的と位置づけ
デザイン思考のプロセスにおいて、課題定義フェーズは共感フェーズの後に位置します。共感フェーズで収集・分析した情報(ユーザーの行動、思考、感情、文脈など)から得られたインサイトは、顧客に対する深い理解を示していますが、これらはまだ具体的な「解決すべき課題」の形をしていません。
課題定義ワークショップの主な目的は、これらのインサイトを基に、ユーザーが抱える本質的な課題を明確な言葉で定義することです。これにより、チームは「何を解決すべきか」という問いに対する共通認識を持ち、その後のアイデア創出やプロトタイプ作成の焦点を定めることができます。
課題定義の手法:POV(Point Of View)
課題を定義するための効果的なフレームワークの一つに、POV(Point Of View)があります。POVは、共感フェーズで得られたインサイトを、「(特定のユーザーは)」「〜というニーズを持っている」「なぜなら〜というインサイトがあるからだ」という形式で構造化するものです。
この形式で記述することで、誰が(ユーザー)、何を求めていて(ニーズ)、その背景に何があるのか(インサイト)が明確になります。良いPOVは、解決策を含まず、示唆に富み、その後のアイデア発想を刺激するものです。
共感から課題を定義するワークショップ手順
ここでは、共感フェーズのアウトプットを基に、チームでPOVを定義するワークショップの具体的な手順を追って解説します。
1. ワークショップの準備
- 目的・ゴールの設定:
- ワークショップで何を達成したいか(例:共感フェーズで発見した主要な顧客課題を3つ定義する)を明確にします。
- ワークショップの最後のアウトプット形式(例:選定されたPOVリスト)を決定します。
- 参加者選定:
- 共感フェーズに関わったメンバーを中心に、開発者、デザイナー、プロダクトマネージャーなど、多様な視点を持つチームメンバーを選定します。目安として4〜8名程度が効果的です。
- 時間と場所/ツール:
- ワークショップの所要時間は、共感フェーズのアウトプット量や参加者の慣れにもよりますが、2〜3時間程度を見込みます。
- 対面の場合は、壁に貼れるスペースのある会議室、ホワイトボード、付箋、ペンなどを用意します。
- オンラインの場合は、MiroやFigmaなどのオンラインホワイトボードツールを活用します。共感フェーズで作成したペルソナ、共感マップ、インサイトなどを事前にツール上に配置しておきます。
- 必要な資料:
- 共感フェーズで作成したペルソナ、共感マップ、インタビュー記録、観察メモ、インサイトリストなど、インサイトの根拠となる資料を参加者全員が参照できる状態にします。オンラインツールの場合は、ボード上に集約しておきます。
2. ワークショップの導入 (15-20分)
- 目的と流れの共有:
- 本日のワークショップの目的(共感から得られたインサイトを基に、解決すべき本質的な顧客課題を定義すること)と、ワークショップ全体の流れを参加者に説明します。
- なぜこの課題定義フェーズが重要なのか、定義された課題がその後のアイデア創出にどう繋がるのかを伝えます。
- 共感フェーズの振り返り:
- 共感フェーズで得られた重要なインサイトや、作成したペルソナ、共感マップのポイントなどをチーム全体で改めて共有します。特に、参加者が「これは重要だ」「発見があった」と感じたインサイトに焦点を当てて振り返ると効果的です。
3. インサイトの分解とグルーピング (30-40分)
- インサイトの個別化:
- 共感フェーズで抽出されたインサイトを、一つずつ付箋(またはオンラインツール上のカード)に書き出します。すでにリスト化されている場合は、それを視覚的に並べられるようにします。
- グルーピング:
- 書き出したインサイトを、内容の類似性や関連性に基づいてグループ化します。これにより、複数のインサイトの背後にある共通の「Why」(なぜユーザーはそう行動したり感じたりするのか)や「What」(ユーザーが求めていること)が見えてきます。
- オンラインツールでは、付箋をドラッグ&ドロップで移動させながらグループを作成し、グループごとにタイトルを付けることができます。
4. POV定義の構造理解と記述演習 (15-20分)
- POV構造の解説:
- POVが「[特定のユーザー]は、[〜というニーズを持っている]、なぜなら[〜というインサイトがあるからだ]」という構造で成り立つことを具体例を挙げて説明します。
- 例:「リモートワーク中のデザイナーは、集中できる静かな場所というニーズを持っている、なぜなら同居家族や騒音によって作業が中断されがちだからだ。」
- 良いPOVのポイント(具体的、解決策を含まない、示唆に富む)を強調します。
- POVが「[特定のユーザー]は、[〜というニーズを持っている]、なぜなら[〜というインサイトがあるからだ]」という構造で成り立つことを具体例を挙げて説明します。
- 練習:
- 簡単な例題を使って、チームで一緒にPOVを記述する練習を行います。これにより、POVの構造と記述方法に対する理解を深めます。
5. POVの記述(個人ワーク+チームシェア) (40-60分)
- 個人ワーク:
- ステップ3でグルーピングしたインサイト群を参考に、各参加者が複数のPOVを記述します。インサイトグループごとに主要なユーザー、ニーズ、インサイトを特定し、POV形式で表現します。
- オンラインツールには、POVテンプレートがあらかじめ用意されていると記述しやすくなります。(例:MiroのPOVテンプレート)
- チームシェアとフィードバック:
- 各参加者が記述したPOVをチーム全体で共有します。他の参加者からのフィードバックを受け、より明確で示唆に富むPOVに推敲していきます。不明瞭な点や、解決策を含んでしまっている点などを指摘し合います。
6. 記述したPOVの評価と絞り込み (30-40分)
- 重要度評価:
- 記述されたPOVの中から、特に重要だと思われるもの、解決することで大きなインパクトがありそうなものを選びます。
- ドット投票や、参加者全員で議論して優先順位を付けるなどの方法があります。オンラインツールには投票機能が備わっていることが多いです。
- 最終的なPOVの選定:
- ワークショップのゴールで定めた数だけ、最も重要で本質的なPOVをチームの合意形成によって選定します。なぜそのPOVを選んだのか、その根拠となるインサイトは何かを再確認します。
7. まとめと次のアクションの確認 (10-15分)
- ワークショップの振り返り:
- 選定された最終的なPOVリストをチーム全体で確認します。
- ワークショップを通じて得られた気づきや学びを共有します。
- アウトプットの管理と共有:
- 選定されたPOVリストを、チームでいつでも参照できる場所に保存します。(例:オンラインホワイトボード上、共有ドキュメント)
- ワークショップに参加できなかったメンバーにも内容を共有する方法を確認します。
- 次のアクション:
- 定義されたPOVを基に、次のアイデア創出ワークショップや、ソリューション開発にどう繋げていくかを確認します。
ツール活用例
- Miro / FigmaFigJam:
- 共感マップやペルソナを配置し、常に参照可能な状態にする。
- インサイトを付箋として貼り出し、自由に移動・グルーピングする。
- POVテンプレートを用意し、参加者が同時に記述できるようにする。
- 投票機能を使ってPOVの絞り込みを行う。
- Google Docs / Confluence:
- ワークショップの目的、アジェンダ、最終的なPOVリスト、議論の要点などをまとめて記録し、チームで共有する。
- Slack / Microsoft Teams:
- ワークショップ前後のコミュニケーションや、アウトプットの共有に活用する。
実践的なヒントと成功/失敗事例からの学び
- ファシリテーションの重要性: 参加者全員が発言しやすい雰囲気を作り、タイムボックスを意識し、議論が脱線しないように軌道修正することが重要です。特に、インサイトからPOVへの変換が難しいと感じる参加者には、具体例を示したり一緒に考えたりするサポートが必要です。
- インサイトの質: POVの質は、共感フェーズで得られたインサイトの質に大きく依存します。十分な共感活動を行い、多様な視点からの深いインサイトを得られているか、ワークショップ開始前に確認しましょう。インサイトが不足している場合は、課題定義に進む前に共感フェーズに戻る勇気も必要です。
- 解決策を含まないPOV: POVが具体的な解決策を含んでしまう失敗はよくあります。「ユーザーは〜というニーズを満たす[解決策]が欲しい、なぜなら〜」ではなく、「ユーザーは〜というニーズを持っている、なぜなら〜」と、解決策を切り離すことが重要です。これにより、固定観念にとらわれず、より幅広いアイデアを検討できるようになります。
- 失敗例: 「買い物客は、レジに並ばずに精算できるアプリが必要だ、なぜならレジの待ち時間が長いからだ。」(解決策「アプリ」を含んでいる)
- 成功への示唆: 「買い物客は、会計プロセスをより迅速に完了させたいニーズを持っている、なぜならレジの待ち時間が長く、時間を無駄に感じているからだ。」(ニーズとインサイトに焦点を当てている)
- チームでの合意形成: 複数のPOV候補がある場合、どれを選定するかで意見が分かれることがあります。単なる多数決ではなく、それぞれのPOVの根拠となるインサイトを改めて確認し、どの課題が最も重要か、チームとして取り組むべきかについて十分に議論し、合意形成を図ることが、その後のチームの一体感に繋がります。
まとめ
共感から顧客課題を明確に定義するワークショップは、サービス開発チームが顧客の本質的な課題に焦点を当て、手戻りを減らし、より良いソリューションを生み出すための重要なステップです。本記事で紹介した手順やヒントを参考に、ぜひチームで実践してみてください。共感フェーズで得られたインサイトを「解決すべき課題」という具体的な形に落とし込むことで、その後のアイデア創出がより的確で効果的なものになるはずです。