サービス開発チーム向け 解決すべき顧客課題に優先順位をつけ絞り込むワークショップ手順
はじめに
サービス開発において、解決すべき顧客課題を明確に定義することは、その後のアイデア発想や開発の成否を大きく左右します。ユーザーインタビューや共感フェーズを経て、複数の顧客課題候補が洗い出されたものの、「どれが最も重要で、まず取り組むべき課題なのか」がチーム内で曖昧になっているケースは少なくありません。
取り組むべき課題が不明確なまま開発を進めると、チームのリソースが分散し、効果的な解決策が見出せなかったり、開発途中で方向転換が必要になったりといった手戻りが発生するリスクが高まります。
本記事では、定義済みの複数の顧客課題の中から、チームとして優先的に取り組むべき課題を特定し、共通認識を持って絞り込むためのワークショップ手順を解説します。このワークショップを通じて、チームの焦点を合わせ、より効果的な課題解決へと繋げることが期待できます。
このワークショップの目的と効果
このワークショップの主な目的は、チームで合意形成を図りながら、定義済みの顧客課題の中から、最も取り組む価値の高い課題を特定し、次のアクションに繋げることです。
期待される効果は以下の通りです。
- 課題に対する共通認識の醸成: チームメンバー間で、洗い出された各課題の重要性や背景に対する理解を深めます。
- 優先順位の明確化: 客観的な基準に基づき、取り組むべき課題の優先順位を明確にします。
- リソースの集中: 本当に重要な課題にリソースを集中させることで、効率的な開発・改善が可能になります。
- チームのモチベーション向上: 取り組むべき課題が明確になることで、チーム全体の方向性が定まり、モチベーション向上に繋がります。
- 後工程の手戻り削減: 解決すべき課題が定まっているため、後のアイデア発想やプロトタイピング、開発工程での迷いや方向転換が減ります。
ワークショップの設計と準備
このワークショップを円滑に進めるために、以下の準備を行います。
- 所要時間: 2〜3時間程度(課題の数やチームの人数による)
- 参加者: サービス開発チームの主要メンバー、可能であればユーザー理解に関わったメンバー(プロダクトマネージャー、デザイナー、エンジニアなど)。多様な視点が含まれることが重要です。
- 必要なもの:
- 定義済みの課題リスト: 事前の調査やワークショップで洗い出された、顧客の課題を簡潔に記述したリスト(カード形式が望ましい)。それぞれの課題に対して、それがなぜ顧客にとって課題なのか、どのような状況で発生するのか、といった背景情報も参照できるようにしておきます。
- 評価基準候補リスト: 課題を評価するための基準となりうる要素のリスト(例: 顧客へのインパクト、ビジネスへのインパクト、技術的な実現可能性、競合状況、チームのリソース、チームの関心度など)。
- オンラインツール: オンラインホワイトボードツール(Miro, Figmaなど)、ビデオ会議ツール。リモートでの実施はもちろん、対面の場合でもオンラインツールを使うと情報の共有や整理が効率的です。
- 場所: 対面の場合は、参加者が集まって議論できる十分な広さの会議室。オンラインの場合は、全員が集中できる環境。
具体的なワークショップ手順
ここでは、オンラインホワイトボードツールを活用した手順を解説します。
ステップ1: 課題の再確認と共有 (15-30分)
事前に準備した定義済みの課題リストを、オンラインホワイトボード上に並べます。各課題カードには、課題の内容が明確に書かれていることを確認します。
- ファシリテーター: 各課題について、簡潔に内容と、なぜそれが課題として定義されたのかの背景を共有します。
- 参加者: 各課題について不明な点があれば質問し、チーム全体で課題に対する理解を深めます。オンラインホワイトボード上で、課題カードの横にコメントを追加したり、補足情報をリンクしたりするのも有効です。
ステップ2: 評価基準の検討と決定 (30-45分)
次に、どの基準で課題の優先順位をつけるかをチームで議論し、決定します。
- 基準候補のブレインストーミング: 事前に準備した基準候補リストを参考にしつつ、チームとして「どの視点で課題の重要性を測るべきか」をブレインストーミングします。オンラインホワイトボードに付箋でアイデアを出し合います。
- 問いかけ例: 「これらの課題の中で、どれにまず取り組むかを決める際、何を重視すべきでしょうか?」「顧客にとっての重要性以外に、ビジネスとして考えるべきことは何でしょう?」「チームとして現実的に取り組めるか、という視点は必要ですか?」
- 基準の絞り込みと定義: 出された基準候補をグルーピングし、チームとして合意できる数個(通常2〜4個)の重要な基準に絞り込みます。絞り込んだ基準について、チーム内でその意味や評価の視点を明確に定義します。
- 例: 「顧客へのインパクト」とは、その課題が解決された際に、顧客の満足度や行動にどれだけ大きな変化をもたらすか、という視点とする。「実現可能性」とは、技術的、リソース、時間といった観点から、チームが現実的にその課題解決に取り組める見込みがあるか、という視点とする。
- 評価軸の設定: 絞り込んだ基準を、後の評価方法(マトリクスやスコアリング)に落とし込める形に設定します。例えば、「顧客へのインパクト」「ビジネスへのインパクト」「実現可能性」を評価軸とする、といった形です。
ステップ3: 各課題の評価 (60-90分)
決定した評価基準に基づき、各課題を評価します。評価方法はいくつか考えられますが、ここでは視覚的に分かりやすいマトリクス評価と、より定量的なスコアリング評価を組み合わせた方法を紹介します。
- 評価マトリクスの準備: 決定した基準の中から代表的な2つの基準を軸にしたマトリクスをオンラインホワイトボードに作成します。例えば、「顧客へのインパクト(縦軸)」と「実現可能性(横軸)」のマトリクスを作成します。
- マトリクス配置またはスコアリング:
- マトリクス配置: 各課題カードを、チームでの議論に基づき、マトリクスの適切な位置に配置していきます。「この課題は顧客インパクトが高いか低いか?」「技術的に実現可能か、難しいか?」などを議論しながら進めます。
- スコアリング: マトリクス以外の基準や、より詳細な評価が必要な場合は、簡易的なスコアリングを行います。オンラインホワイトボード上で、各課題カードの横に評価基準をリストアップし、チームメンバーが個別に(または議論して合意しながら)簡易的なスコア(例: 1-5点)を付け、合計点を算出します。オンラインホワイトボードツールの投票機能を活用するのも良いでしょう。
- 評価に関する議論: 各課題を評価する過程で、なぜそのように評価したのか、異なる意見がある場合はその理由を議論します。これは単に点数を付けるだけでなく、チームとして課題に対する理解を深める重要なプロセスです。
ステップ4: 優先順位の議論と絞り込み (30-60分)
評価結果を全体で確認し、どの課題に優先的に取り組むべきかを議論し、絞り込みを行います。
- 評価結果のレビュー: マトリクスに配置された課題の分布や、スコアリング結果を確認します。特に、マトリクス図で「顧客インパクトが高く、実現可能性も高い」象限に入った課題などに注目します。
- 優先順位に関する議論: 評価結果を踏まえ、チームとして「まず取り組むべき課題は何か」「どの課題に最もリソースを割くべきか」を議論します。評価結果が全てではなく、チームの戦略や現在の状況なども考慮に入れます。異なる意見が出た場合は、その背景にある考えを尊重し、対話を通じて共通理解を目指します。
- 問いかけ例: 「このマトリクスを見ると、これらの課題が優先度が高そうです。皆さんの意見はどうですか?」「スコアは高いですが、現時点でのチームの体制を考えると、取り組むのが難しい課題はありますか?」「もし一つだけ選ぶとしたら、どれにしますか?その理由は?」
- 取り組む課題の絞り込みと合意: 議論を経て、チームとして合意した、優先的に取り組むべき課題を数個に絞り込みます。絞り込む数は、チームの規模やリソース、次に取るべきアクションによって調整します。オンラインホワイトボード上で、絞り込まれた課題を別のエリアに移動するなどして明確に示します。
ステップ5: 特定した課題の明確化と次のアクション (15-30分)
絞り込まれた課題について、改めてチーム全体で認識を合わせ、次の具体的なアクションを決定します。
- 課題の再定義・言語化: 絞り込まれた課題について、「私たちは今、この課題を解決しようとしている」という共通認識を強化するため、改めて課題ステートメントや、解決することで顧客やビジネスにどのような価値をもたらすか、を明確に言語化します。
- 次のアクション計画: 特定した課題に対して、次にチームは何を行うべきかを具体的に計画します。例えば、「この課題解決に向けたアイデア発想ワークショップを実施する」「課題の背景にある顧客行動についてさらに調査を行う」「この課題に対する仮説を立て、検証方法を検討する」などです。担当者や期日を設定することも重要です。
- 決定事項の記録: ワークショップで特定された優先課題、その定義、そして決定された次のアクションを、チームの共有ドキュメント(Google Docs, Confluenceなど)に記録します。これはチームの公式な方向性を示す重要なドキュメントとなります。
ツール活用例
- Miro/Figma: オンラインホワイトボード機能で、課題カードの整理、評価マトリクスの作成、付箋での意見出し、投票機能による簡易スコアリングなど、このワークショップのほぼ全てのステップを視覚的かつインタラクティブに進めることができます。
- Google Sheets/Excel: 課題リストの管理や、より複雑なスコアリングモデルを使用する場合に役立ちます。
- Zoom/Google Meet: リモートワークショップの際のチームコミュニケーションの核となります。画面共有機能を活用し、オンラインホワイトボードを見ながら全員で議論を進めます。
実践のヒントと注意点
- 評価基準の重要性: ステップ2で決定する評価基準が、ワークショップの質を大きく左右します。チームの現状や目指す方向性に合った、シンプルかつ適切な基準を設定することが重要です。
- ファシリテーション: 議論が特定の意見に偏ったり、発散しすぎたりしないよう、ファシリテーターが中立的な立場で対話を促進し、時間を管理することが不可欠です。全ての参加者が意見を述べやすい雰囲気作りを心がけます。
- 「なぜ」を掘り下げる: 各課題を評価する際や、優先順位を議論する際に、「なぜそう評価するのか」「なぜその課題が最も重要だと思うのか」といった「なぜ」を掘り下げることで、表面的な評価に終わらず、課題の本質理解やチームの認識のずれの解消に繋がります。
- 完璧を目指さない: 短時間で完璧な優先順位付けを目指すより、チームとして納得感を持って、現時点で最も可能性の高い課題に焦点を当てることを目指します。この優先順位は、その後の開発や検証で見直しが必要になることもあります。
- アウトプットを次に繋げる: このワークショップで特定された課題が、次のアイデア発想や開発活動の明確な出発点となるように、アウトプットをしっかりと記録し、チームで共有します。
まとめ
サービス開発チームにとって、取り組むべき顧客課題を明確に特定することは、限られたリソースを最大限に活用し、真に価値のあるサービスを創出するために不可欠です。本記事で解説したワークショップ手順は、定義済みの複数の課題候補の中から、チームで合意形成を図りながら優先的に取り組むべき課題を絞り込むための実践的な方法を提供します。
評価基準の設定、チームでの丁寧な議論、そしてオンラインツールを効果的に活用することで、このワークショップはチームの課題解決能力を高め、その後の開発プロセスにおける手戻りを削減する強力な一助となるでしょう。ぜひ、皆さんのチームでもこのワークショップを実践し、次にフォーカスすべき顧客課題を明確にしてみてください。