サービス開発チーム向け アイデアの「実現可能性」と「ビジネス価値」を評価するワークショップ手順
デザイン思考プロセスにおいて、共感フェーズで顧客理解を深め、定義フェーズで課題を明確にし、そしてアイデア発想フェーズで多くの創造的なアイデアを生み出した後の重要なステップは、それらのアイデアを現実的な解決策へと落とし込むことです。特にサービス開発においては、アイデアが技術的に実現可能か、そしてビジネスとして成り立つかという観点からの評価が不可欠となります。この評価が不十分なまま開発を進めると、後々の手戻りやコスト増加に繋がるリスクが高まります。
本記事では、サービス開発チームが、生まれたアイデアを「実現可能性(Feasibility)」と「ビジネス価値(Viability)」という二つの重要な観点から多角的に評価し、チームで共通認識を持って次のステップに進むためのワークショップ手順を解説します。
なぜ「実現可能性」と「ビジネス価値」の評価ワークショップが必要か?
アイデア発想フェーズでは、既成概念にとらわれない自由な発想が奨励されます。しかし、それらのアイデアすべてをそのまま開発に進めるわけにはいきません。限られたリソースと時間を有効活用するためには、どのアイデアに投資すべきかを見極める必要があります。
このワークショップは、以下の目的のために実施します。
- 多角的な視点での評価: 技術、ビジネス、デザイン、ユーザー体験など、チームメンバーそれぞれの専門性からアイデアを評価します。
- リスクの早期発見: 実現上の困難さやビジネス的な課題を早期に特定し、手戻りのリスクを低減します。
- チームでの合意形成: 個々のアイデアに対する評価と期待値をチーム全体で共有し、次のステップへの共通認識を築きます。
- 具体的な次のアクションの明確化: 評価に基づき、どのアイデアをどのように具体化・検証していくか、具体的な計画を立てます。
このワークショップは、単にアイデアを「良い」「悪い」で判断するのではなく、それぞれのアイデアが持つポテンシャルと課題を明らかにし、より現実的で価値のあるコンセプトへと洗練させていくプロセスです。
ワークショップの準備
ワークショップを円滑に進めるためには、事前の準備が重要です。
- 参加者: サービス開発に関わる多様な視点を持つメンバーを選定します。開発エンジニア、プロダクトマネージャー、デザイナー、マーケター、カスタマーサポート担当者など、3〜8名程度のチームが適しています。多様な専門性を持つメンバーが集まることで、多角的な評価が可能になります。
- 時間: アイデアの数や複雑さ、参加者の経験によって調整が必要ですが、目安として2〜3時間程度を確保します。オンライン開催の場合は、休憩を挟むなど集中力が持続する工夫が必要です。
- 場所/ツール:
- 対面の場合: 会議室、ホワイトボード、付箋、ペン。
- オンラインの場合: オンラインホワイトボードツール(Miro, FigJamなど)、ビデオ会議ツール(Zoom, Microsoft Teamsなど)。参加者が使い慣れたツールを選択するとスムーズです。Miroなどのツールでは、事前に評価用のテンプレートやフレームワーク(後述)を用意しておくと効率的です。
- インプット情報:
- 評価対象となるアイデア一覧(アイデア発想ワークショップのアウトプットなど)。それぞれのアイデアがどのような課題を解決しようとしているのか、ターゲット顧客は誰かといった背景情報も整理しておきます。
- 顧客インサイトやペルソナ、カスタマージャーニーマップなど、顧客理解に関する既存資料。
- 技術的な制約や、利用可能な技術スタック、既存システムの構造に関する情報。
- 市場環境や競合に関する基本的な情報。
ワークショップの手順
ステップ1:オリエンテーションと評価観点の共有(15分)
- ワークショップの目的(アイデアの「実現可能性」と「ビジネス価値」の評価)を改めて共有します。
- 本ワークショップで評価に用いる2つの主要観点、「実現可能性(Feasibility)」と「ビジネス価値(Viability)」について、チーム内での定義を合わせます。
- 実現可能性: 技術的に構築可能か、リソース(開発メンバーのスキル、時間、予算など)は足りるか、既存システムとの連携はスムーズか、といった観点。
- ビジネス価値: ターゲット顧客にとって魅力的か、収益性は見込めるか、市場規模はどのくらいか、競合に対する優位性はあるか、といった観点。
- 評価の前提となる制約事項(例:特定の技術を使わない、来四半期中のリリースを目指すなど)も共有・確認します。
- 評価の尺度についても合意しておきます。例えば、5段階評価(1: 非常に低い 〜 5: 非常に高い)や、「高・中・低」といったシンプルな評価など、チームが使いやすい尺度を選択します。オンラインホワイトボードツールを使う場合、評価尺度を示すエリアや投票機能を活用できます。
ステップ2:アイデアの確認と背景共有(15分 + アイデア数 × 2分)
- 評価対象となるアイデアを一つずつリストアップし、簡単に内容を共有します。
- 各アイデアについて、アイデア発案者や関係者から、解決したい顧客課題やターゲット顧客層、アイデアの核となる価値提案などを簡潔に説明してもらいます。背景を共有することで、評価のブレを小さくします。
- オンラインホワイトボードツールでは、各アイデアを専用のエリアに配置し、関連する顧客インサイトなどを紐づけて表示すると理解が深まります。
ステップ3:実現可能性(Feasibility)の評価(アイデア数 × 15分)
- 各アイデアについて、技術的な観点からの実現可能性を議論・評価します。
- 開発エンジニアを中心に、必要な技術スタック、開発難易度、想定される工数、技術的なリスクなどを具体的に洗い出します。
- 議論の問いかけ例:
- 「このアイデアを実現するために、新たに必要となる技術要素は何ですか?」
- 「既存の技術やシステムをどれくらい活用できそうですか? 難しい連携はありますか?」
- 「最も技術的なハードルが高い部分はどこですか? 代替案はありますか?」
- 「チームの現在のスキルセットやリソースで、どれくらいの期間・工数で開発できそうですか?」
- 「外部サービスやAPI連携は必要ですか? その場合の技術的リスクは?」
- これらの議論を通じて、各アイデアの実現可能性を合意した尺度で評価し、理由やリスクも記録します。オンラインホワイトボード上で、各アイデアの近くに「技術リスク」「工数目安」などの付箋を貼ったり、評価スコアを書き込んだりします。
ステップ4:ビジネス価値(Viability)の評価(アイデア数 × 15分)
- 各アイデアについて、ビジネス的な観点からの価値を議論・評価します。
- プロダクトマネージャーやビジネス担当者を中心に、市場性、顧客への価値、収益性、競合との差別化などを具体的に検討します。
- 議論の問いかけ例:
- 「このアイデアは、ターゲット顧客のどんな『深い』課題を解決しますか? 彼らはなぜこの解決策を必要としますか?」
- 「顧客はこのサービス/機能に対して、どのようにお金を払うと考えられますか?(課金モデルなど)」
- 「想定される市場規模はどのくらいですか? ニッチすぎませんか? 広すぎませんか?」
- 「競合と比較して、このアイデアの強みや差別化ポイントは何ですか?」
- 「顧客獲得やマーケティングはどのように行いますか? コストはどのくらいかかりますか?」
- これらの議論を通じて、各アイデアのビジネス価値を合意した尺度で評価し、理由や前提条件も記録します。オンラインホワイトボード上で、各アイデアの近くに「顧客価値」「収益性」「市場性」などの付箋を貼ったり、評価スコアを書き込んだりします。リーンキャンバスやビジネスモデルキャンバスの一部(顧客セグメント、価値提案、収益の流れ、コスト構造など)を簡易的に埋める形で議論を進めるのも有効です。
ステップ5:評価の統合と全体議論(30分)
- 各アイデアの「実現可能性」と「ビジネス価値」の評価結果をチーム全体で共有します。
- 評価結果を「実現可能性 vs ビジネス価値」のマトリクスなどにプロットして可視化すると、俯瞰的に捉えやすくなります。オンラインホワイトボードツールには、こうしたマトリクス作成機能が備わっているものが多いです。
- プロットされた位置(例:実現可能性もビジネス価値も高い、実現可能性は低いがビジネス価値は高いなど)を見て、チームで全体像を議論します。
- 議論の問いかけ例:
- 「なぜこのアイデアは実現可能性が高い/低いと評価されたのでしょうか? そのリスクを軽減する方法はありますか?」
- 「なぜこのアイデアはビジネス価値が高い/低いと評価されたのでしょうか? その価値を高める要素はありますか?」
- 「実現可能性は低いがビジネス価値が高いアイデアについて、ブレークスルーの可能性や、技術的な検証に投資する価値はありますか?」
- 「複数のアイデアを組み合わせることで、より実現性が高く、価値も大きなコンセプトになりませんか?」
- この議論を通じて、どのアイデアを次のステップに進めるか(Go/No Go/保留)、どのアイデアは追加の調査が必要か(要追加調査)などを、チームとして判断します。
ステップ6:次のアクションとコンセプトの明確化(15分)
- 次のステップに進む(Goとなった)アイデアについて、具体的なアクションプランを定めます。
- 「このアイデアについては、MVP(Minimum Viable Product)のプロトタイプを〇〇までに作成する。」
- 「このアイデアの技術的なボトルネックについて、〇〇さんが〇〇日までにPoC(Proof of Concept)を実施する。」
- 「このアイデアの顧客ニーズについて、〇〇さんが追加のユーザーインタビューを〇〇件実施する。」
- Goとなったアイデアについては、改めてその「コンセプト」を簡潔に定義します。コンセプトには、以下の要素を含めると、後の開発やコミュニケーションがスムーズになります。
- 解決する課題は何か?
- 誰のための解決策か?(ターゲット顧客)
- どのような価値を提供するのか?
- 核となる機能/体験は何か?
- 定義したコンセプトと次のアクションプランを、チームで共有し、認識を合わせます。オンラインホワイトボード上にまとめておくか、別のドキュメントツールに清書して共有します。
ワークショップを成功させるためのポイント
- ファシリテーション: 時間管理、議論の活性化、全員からの意見引き出し、対立の解消、結論への誘導など、ファシリテーターの役割が重要です。特に、実現可能性とビジネス価値は異なる専門性が関わるため、それぞれの意見を尊重しつつ、建設的な議論を促すスキルが求められます。
- 客観的な視点: 感情論や特定の個人の思い入れだけでなく、可能な限り客観的なデータや根拠に基づいて評価を行う意識を持ちます。
- 柔軟性: ワークショップ中に、新たな論点や可能性(例:複数のアイデアの組み合わせ)が出てくることがあります。事前に定めたアジェンダに固執せず、価値のある議論には時間を使う柔軟性も必要です。
- 記録: 議論の内容、評価結果、出てきたリスクや課題、次のアクション、定義したコンセプトなどは、後から参照できるよう記録に残します。オンラインホワイトボードツールであれば、そのまま共有・保存が可能です。
まとめ
デザイン思考におけるアイデア評価ワークショップは、多くの創造的なアイデアの中から、真に価値があり、かつ現実的に実現可能なアイデアを見つけ出すための重要なプロセスです。特にサービス開発チームにとっては、「実現可能性」と「ビジネス価値」という二つの観点からの評価が、後の手戻りを防ぎ、限られたリソースを最大限に活かす鍵となります。
本記事で解説した手順を参考に、ぜひチームでこのワークショップを実践してみてください。多角的な視点からの議論を通じて、アイデアの潜在能力とリスクを深く理解し、チーム全体で次の確かな一歩を踏み出すことができるでしょう。ワークシートやテンプレートを活用したり、オンラインツールを工夫したりすることで、より効率的で実りのあるワークショップを実施することが可能です。