サービス開発チーム向け 顧客課題から新しいサービス・機能の「機会領域」を設定するワークショップ手順
はじめに
サービス開発において、顧客課題の特定は重要なステップです。しかし、特定された課題に対して、どのような方向性で解決策を検討すべきか、チームの認識が一致せず、アイデア発想やその後の開発プロセスで迷いが生じることは少なくありません。
本記事では、サービス開発チームが顧客課題から新しいサービスや機能開発の注力すべき「機会領域」をチームで明確に設定するためのワークショップ手順を解説します。このワークショップを通じて、チーム全体で次に何にリソースを投じるべきか、共通認識を持ってアイデア発想や開発フェーズに進むことが可能になります。
機会領域設定ワークショップの目的とメリット
「機会領域」(Opportunity Area)とは、特定された顧客課題やニーズに対し、解決策を探索・開発する上で注力すべき「可能性のある分野」や「方向性」を指します。具体的な製品やサービスの機能そのものではなく、より上位の概念として、どのような領域で価値を提供すべきかを定義するものです。
このワークショップの主な目的は以下の通りです。
- チームで顧客課題・インサイトの共通理解を深める
- 特定された課題に対して、多様な視点から解決の「機会領域」を発想する
- チームの能力、ビジネス目標、顧客ニーズなどを考慮し、注力すべき機会領域を合意形成する
- 次のアイデア発想やプロトタイピングに向けて、チームの方向性を明確にする
このワークショップを実施することで、以下のようなメリットが期待できます。
- アイデア発想フェーズでの迷いや方向性のズレを減らし、より的確なアイデアを生み出しやすくなる
- チーム全体で目的意識を共有し、一体感を高める
- リソースを集中すべき領域が明確になり、開発の手戻りを削減する
- 顧客ニーズに合致した価値提供の可能性を高める
ワークショップの準備
本ワークショップを開始する前に、以下の準備が必要です。
- 参加者の選定: サービス開発チームを中心に、プロダクトオーナー、デザイナー、エンジニア、マーケティング担当者など、多様な視点を持つメンバーが参加することが望ましいです。4〜8名程度が適正な人数です。
- 事前の情報共有: ワークショップのインプットとなる、事前に定義された顧客課題リスト、ユーザーインタビューのサマリー、ペルソナ、カスタマージャーニーマップ、インサイトなどの資料を準備し、参加者に事前に共有しておきます。
- 使用ツールの準備:
- オンラインホワイトボードツール: Miro, Figma (FigJam), Muralなどが適しています。付箋機能、グルーピング機能、投票機能などが活用できます。適切なテンプレート(カンバン、フリーボードなど)を用意しておくとスムーズです。
- ドキュメント共有ツール: Google Drive, Dropboxなどで事前の情報やワークショップのアウトプットを共有します。
- ビデオ会議ツール: リモート実施の場合、Zoom, Google Meet, Microsoft Teamsなどが必要です。
- 時間と場所の確保: ワークショップの性質上、ある程度まとまった時間(目安として2時間〜3時間)が必要です。集中できる会議室、またはオンラインで接続できる環境を確保します。
ワークショップ手順
以下に、機会領域設定ワークショップの具体的な手順を解説します。時間配分は目安であり、チームの状況に応じて調整してください。
フェーズ1:顧客課題・インサイトの再確認と共有(目安:30分)
ワークショップの冒頭で、改めてこれまでに特定・定義された顧客課題やインサイト、ペルソナ、カスタマージャーニーマップなどの重要情報をチーム全体で振り返り、共通認識を深めます。
- ファシリテーターからの説明:
- 本日のワークショップの目的(顧客課題から機会領域を設定すること)を明確に伝えます。
- ワークショップの全体の流れと時間配分を説明します。
- 使用するツール(Miroなど)の基本操作やルールを確認します。
- インプット情報の共有と振り返り:
- 事前に共有した顧客課題リスト、インサイト、ペルソナ、カスタマージャーニーマップなどの要点をファシリテーターが簡潔に説明します。
- ツール上にこれらの主要な情報を表示または貼り付けておきます。
- 参加者に対し、「共有された顧客課題の中で、特に重要だと感じる点はどれですか?」「このインサイトからどのような示唆が得られますか?」といった問いかけを行い、それぞれの視点からの気づきや疑問点を自由に発言・共有してもらいます。
- 共有された意見や気づきをツール上のホワイトボードに書き出すなどして可視化します。
フェーズ2:機会領域のブレインストーミング(目安:60分)
顧客課題・インサイトを理解した上で、「どのような機会が存在するか」をチームで自由に発想します。ここではまだ具体的な解決策ではなく、「領域」「方向性」に焦点を当てます。
- 発想の問いを設定:
- ファシリテーターが、発想を促すための問いを提示します。例:
- 「これらの顧客課題を解決するために、どのような『領域』に注力できそうでしょうか?」
- 「顧客の『〇〇したい』というニーズを満たすために、考えられるアプローチの『方向性』は何でしょうか?」
- 「このインサイトから見える、新しいサービスや機能の『可能性のある分野』は何でしょうか?」
- 「『課題 X』を持つ顧客の、どのような状況や感情に寄り添うべきでしょうか?」
- ファシリテーターが、発想を促すための問いを提示します。例:
- 個別のアイデア発想:
- 参加者は、提示された問いに対して、個別に付箋に「機会領域」のアイデアを書き出します。短く、分かりやすい言葉で表現します。例:「忙しいビジネスパーソン向けの時短」「スキマ時間の有効活用支援」「専門知識のハードルを下げる」「不安なく新しいことに挑戦できる環境作り」など。
- ツール上の付箋機能を利用します。各自で書き出す時間を設ける(例:10分)。
- アイデアの共有とグルーピング:
- 各自が書き出した付箋を、ツール上の共有スペースに貼り出します。
- ファシリテーターが一つずつ読み上げ、必要に応じて書き手に追加の説明を求めます。
- 類似している、あるいは関連性の高いアイデアの付箋をチームで協力してグルーピングします。ツールのアフィニティ機能や、付箋のドラッグ&ドロップで整理します。
- 既存記事の「チームでアイデアや情報を分類・構造化する親和図ワークショップ手順」も参考にできます。
- 機会領域のラベリング:
- グループ化された付箋の集まりに対し、チームで議論しながら、そのグループが示す「機会領域」を代表する短いラベル名を付けます。例:「業務効率化支援」「学びの継続サポート」「デジタルデトックス」「安全な情報共有」など。
フェーズ3:機会領域の評価と絞り込み(目安:60分)
ブレインストーミングで洗い出し、グループ化した機会領域の中から、チームとして注力すべき領域を評価し、絞り込みます。
- 評価基準の設定:
- どのような観点で機会領域を評価・判断するか、チームで合意形成します。事前にいくつか候補を提示し、チームの状況に合わせて調整します。評価基準の例:
- 顧客価値: 顧客にとっての重要性、ニーズの深さ、ペインの度合い
- 実現可能性: 技術的に可能か、開発リソースやコスト、法規制など
- ビジネス価値: 市場規模、収益性、競合優位性、自社の戦略との合致
- チームの興味/能力: チームメンバーが関心を持ち、強みを活かせるか
- ツール上にこれらの評価基準を示す軸(例:マトリックス形式)を設けます。
- どのような観点で機会領域を評価・判断するか、チームで合意形成します。事前にいくつか候補を提示し、チームの状況に合わせて調整します。評価基準の例:
- 機会領域の評価:
- 各機会領域について、設定した評価基準に基づき、チームで議論し評価を行います。ツール上で各機会領域の付箋を該当する評価軸のマトリックス上に配置したり、評価スコアを書き込んだりします。
- 全員が同じように評価しているか、認識のズレはないかを確認しながら進めます。
- 優先順位付けと絞り込み:
- 評価結果に基づき、チームとして優先的に取り組むべき機会領域を絞り込みます。
- ツール上の投票機能(ドット投票など)を活用するのも有効です。例えば、「チームとして最も重要だと思う機会領域に3票、次に重要だと思う領域に1票」のようにルールを決めて投票します。
- 投票結果や評価マトリックスを見ながら、最終的にチームとして注力する少数の機会領域(例:1〜3個)を合意形成します。なぜその領域を選んだのか、理由を明確にします。
フェーズ4:次のステップの確認(目安:15分)
選定された機会領域を明確に定義し、次のアクションを決定します。
- 選定した機会領域の定義:
- 絞り込まれた機会領域について、チームで再度その定義や範囲を確認し、誰もが理解できるように明確な言葉で表現します。必要であれば、簡単な説明文や具体的な顧客シナリオなどを補足します。
- ネクストステップの計画:
- 設定された機会領域に対して、チームとして次に何を行うべきかを具体的に計画します。例:
- この機会領域に対するアイデア発想ワークショップの実施(既存記事の「多様なアイデアを生み出すワークショップ手順」などを参照)
- 特定の顧客層への追加リサーチ
- 簡易プロトタイプの検討・作成
- ビジネスモデルの検討
- 担当者や期限を決めます。
- 設定された機会領域に対して、チームとして次に何を行うべきかを具体的に計画します。例:
- ワークショップ成果物の共有:
- ワークショップで使用したツール上のホワイトボード(Miroボードなど)を、編集可能な状態または画像・PDFとして参加者全員および関係者に共有します。
- 決定された機会領域の定義とネクストステップをまとめた議事録を作成し共有します。
ツール活用とファシリテーションのヒント
- オンラインホワイトボードのテンプレート: 事前に「機会領域設定」に適したフレームワーク(例:Opportunity Solution Treeの一部、シンプルなマトリックス、フリーボード形式など)を用意しておくと、ワークショップを効率的に進められます。
- 付箋の色分け: 参加者ごとに付箋の色を変えたり、アイデアのカテゴリで色分けしたりすると、視覚的に分かりやすくなります。
- タイマーの活用: 各フェーズやタスクごとに時間を設定し、タイマーを表示することで、ワークショップ全体の時間管理がしやすくなります。
- ファシリテーションの役割: ファシリテーターは、特定の意見に偏らず、全ての参加者が発言しやすい雰囲気を作ることが重要です。議論が具体的な解決策に逸れそうになった場合は、「今は解決策ではなく、解決の方向性である機会領域を探しています」と軌道修正を促します。評価フェーズでは、評価基準に基づいた客観的な議論をリードします。
まとめ
顧客課題から「機会領域」を設定するワークショップは、サービス開発チームが次に取り組むべき方向性をチーム全体で合意形成するための有効な手段です。このワークショップを通じて、漠然とした課題から、より具体的なアイデア発想や開発へと繋がる明確な焦点を定めることができます。
本記事で紹介した手順を参考に、ぜひチームで機会領域設定ワークショップを実践してみてください。共通認識を持ったチームは、より迅速かつ的確に顧客に価値を届けるサービス開発を進められるはずです。
本ワークショップで活用いただけるワークシートテンプレートは、別途ダウンロード提供を予定しております。(※架空の告知です)