サービス開発チーム向け 対立を乗り越え共通認識を築くワークショップ手順
サービス開発チームにおける対立と共通認識の重要性
サービス開発の現場では、多様なバックグラウンドを持つチームメンバーが集まり、様々な視点からアイデアや課題について議論します。このような状況では、意見の対立や認識のずれが生じることは避けられません。しかし、これらの対立やずれを放置すると、議論が停滞したり、最終的な決定に全員が納得できなかったり、開発段階での手戻りが発生したりする原因となります。
デザイン思考ワークショップは、本来、多様な意見を歓迎し、そこから新たな視点や革新的なアイデアを生み出すための手法です。しかし、単にアイデアを出し合うだけでなく、チームとして共通の理解を持ち、建設的な対立を通じてより良い解決策に合意形成していくプロセスが不可欠です。強固な共通認識に基づいた合意形成は、チームの実行力を高め、開発の効率を向上させる上で極めて重要です。
この記事では、デザイン思考ワークショップのプロセスで生じやすい意見対立を建設的に乗り越え、チームとして強固な共通認識を築き、効果的な合意形成へと導くための具体的なワークショップ手順とファシリテーションのポイントを解説します。
なぜワークショップで意見対立や認識ずれが起きるのか
デザイン思考ワークショップは、未知の課題に対し、多様な視点からアプローチすることを奨励します。このプロセスそのものが、意見の対立や認識のずれを生む温床となります。
- 多様な視点と経験: チームメンバーそれぞれの専門性、経験、価値観、顧客に対する理解度が異なります。これが、同じ情報を見ても異なる解釈や評価を生む原因となります。
- 未確定な情報: デザイン思考は、顧客のニーズや課題が完全には明確でない状態からスタートすることが多くあります。不確かな情報に基づいた議論は、意見のばらつきを生みやすくなります。
- 立場による利害: 開発者、デザイナー、マーケターなど、それぞれの役割や責任から、優先すべき事項やリスクに対する考え方が異なる場合があります。
- 感情的な側面: 自分のアイデアや意見が否定されたと感じたり、特定の意見に強く固執したりすることで、議論が感情的になる可能性もあります。
これらの要素は、革新的なアイデアの源泉となりうる一方で、適切に扱わなければチームの停滞や分断を招きます。
共通認識を築き合意形成するためのワークショップ手順
意見対立を建設的に扱い、共通認識に基づいた合意形成を目指すためのワークショップは、デザイン思考の各フェーズ(特に定義フェーズ後半や創造フェーズの絞り込み、テストフェーズの振り返りなど)に組み込むことが可能です。ここでは、汎用的な手順を紹介します。所要時間は議題の複雑さや参加人数によりますが、通常60分〜120分程度を見込むと良いでしょう。
事前準備
- 目的の明確化: このワークショップで何について合意形成したいのか、どのような共通認識を築きたいのかを明確にします。議論のスコープを設定します。
- 現状の把握: 議論の対象となっている課題、すでに顕在化している意見対立や認識ずれのポイントを事前に整理しておきます。必要であれば、参加者から事前に意見を収集します。
- ツールの準備: オンラインでの実施であれば、MiroやFigJamなどのオンラインホワイトボードツール、Google Docsなどのドキュメント共有ツールを用意します。必要に応じて、匿名での意見投稿や投票が可能なツール(Slidoなど)も検討します。テンプレートとして、意見整理用のキャンバスや、評価基準・意思決定マトリックスなどを事前に準備しておくとスムーズです。
- アジェンダと時間配分: 各ステップの時間配分を明確にしたアジェンダを作成し、参加者に共有します。
ワークショップ手順
ステップ1:課題と現状の共有(10-15分)
ワークショップの冒頭で、議論の対象となる課題と、現状の意見対立や認識のずれについて、ファシリテーターから簡潔に説明します。なぜこの議論が重要なのか、このワークショップを通じて何を目指すのかという目的を改めて共有します。
アクティビティ例:
- 認識の「温度感」共有: 重要な論点に対し、参加者それぞれがどの程度合意できているか、あるいは懸念があるかを、オンラインホワイトボード上で自分のアイコンなどを移動させて示す(例:「完全に合意」「おおむね合意」「少し懸念あり」「大きく懸念あり」などのエリアを設ける)。これにより、どこに認識ずれがあるかを可視化します。
- 対立点の書き出し: 参加者に、現在感じている意見対立や懸念点を付箋に書き出し、オンラインホワイトボードに貼り出してもらいます。これにより、暗黙の対立点を表面化させます。
ステップ2:意見の背景と根拠の探求(20-30分)
対立している意見や懸念に対し、単なる賛否ではなく、その意見の背景にある情報、経験、価値観、あるいは「なぜそう思うのか」という根拠を掘り下げます。一人ひとりの意見の「意図」や「前提」を理解することに焦点を当てます。
アクティビティ例:
- ペアインタビュー: 2人1組になり、お互いの意見について「なぜそう思うのですか?」「どのような経験に基づいていますか?」「その意見のメリット・デメリットは何だと思いますか?」といった質問を投げかけ合います。インタビュー後、ペアの相手の意見の要約と背景を全体に共有します。
- 「Why-How」深掘り: 各意見に対し、「なぜそれが重要なのか?」を繰り返し問いかけ、その意見の根本的な目的や価値観を探ります。オンラインホワイトボード上で、意見から矢印を伸ばしてWhyを書き加えていく形式などが有効です。
- 情報・根拠の共有: 各意見の根拠となるデータや情報(顧客の声、市場データ、技術的な制約など)があれば、それを共有し、全員で確認します。
ステップ3:共通点と相違点の明確化(15-20分)
出てきた多様な意見やその背景情報を整理し、チームとして共通している理解や価値観、そして具体的にどこが異なっているのか(対立の核心)を明確にします。これにより、議論の焦点を絞り込み、感情論ではなく具体的な論点に基づいた議論を促進します。
アクティビティ例:
- 意見のグルーピングとラベリング: ステップ1・2で出た意見や背景情報を付箋としてオンラインホワイトボードに集め、内容の類似性でグルーピングします。各グループに代表的なラベルをつけ、チームとして共通認識できていること(共通点)と、意見が分かれている論点(相違点・対立点)を視覚的に整理します。親和図の手法が応用できます。
- 論点マッピング: 主要な対立点を中央に置き、それに関連する賛成意見、反対意見、それぞれの根拠、関連情報などを周囲にマッピングします。これにより、対立の構造を俯瞰的に把握します。
ステップ4:新たな選択肢の創造(15-20分)
対立点を単なるどちらかを選ぶかの問題ではなく、両方の意見に含まれるポジティブな要素を取り入れたり、異なる角度からアプローチしたりすることで、第三の案やより包括的な解決策を創造します。既存の選択肢に固執せず、より良い解決策を共同で生み出すフェーズです。
アクティビティ例:
- Yes, and...: 既存の意見や対立点に対し、「それは良いですね、それに加えて〇〇というのはどうでしょう?」のように、相手の意見を受け入れつつ、発展させる形でアイデアを出していきます。
- 制約からの発想: 対立点や懸念事項を「制約」と捉え、その制約を満たすためにはどのような解決策がありうるかをブレインストーミングします。
- 組み合わせ: 異なる意見に含まれる要素を任意に組み合わせて、新しい解決策のアイデアを生成します。
ステップ5:評価基準の設定と合意形成(15-20分)
創造された新たな選択肢を含む、検討対象となる解決策候補について、チームで共通の評価基準を合意します。その基準に基づき、各候補を評価し、最適な解決策や次に進むべき方向性を決定します。
アクティビティ例:
- 評価基準のブレインストーミングと合意: 「どのような視点で解決策を評価すべきか?」をチームで出し合い、「顧客への提供価値」「実現可能性」「開発コスト」「市場投入までのスピード」「リスク」など、重要な基準を3〜5個に絞り込み、その定義を共有します。
- 意思決定マトリックス: 合意した評価基準を軸としてマトリックスを作成し、各解決策候補を評価基準に沿って採点または比較検討します。
- ドット投票: 複数の魅力的な選択肢がある場合、合意した評価基準を踏まえた上で、参加者に最も良いと思う選択肢に持ち点(ドット)を投票してもらい、チームの総意を可視化します。
ステップ6:合意内容の確認と次のステップ(5分)
ワークショップで合意した内容(決定事項、見送り事項、検討が必要な宿題、合意された共通認識など)を簡潔にまとめ、参加者全員で確認します。誰が何をいつまでに行うか、という次の具体的なアクションプランを明確に共有し、ワークショップを終了します。合意内容は文書化し、後から参照できるようにします。
ファシリテーションのヒント
- 安全な場づくり: 参加者が安心して意見を表明できるよう、「批判しない」「傾聴する」「多様な意見を歓迎する」といった基本的なルールを再確認し、ファシリテーター自身が模範を示します。
- 中立性の保持: ファシリテーターは、特定の意見に肩入れせず、常に中立的な立場を保ちます。個人の意見ではなく、プロセスと参加者全員の発言を尊重することに注力します。
- 傾聴と翻訳: 参加者の発言に注意深く耳を傾け、不明瞭な点があれば確認し、他の参加者にも分かりやすいように意見を要約したり、言い換えたりします。感情的な発言があった場合は、その背景にあるニーズや懸念に焦点を当てるように促します。
- 全員の参加を促す: 一部のメンバーだけが発言する状況を避け、静かなメンバーにも意見を求める、少人数グループでの議論を取り入れる、匿名での意見投稿を活用するなど、全員が貢献できる機会を作ります。
- 時間管理: 各ステップの時間配分を守り、議論が脱線しそうになったら優しく軌道修正します。時間内で合意形成が難しい場合は、どこまで進めるかを明確にし、次の機会を設ける判断も必要です。
- 視覚的な活用: オンラインホワイトボードツールを積極的に活用し、意見、関連情報、論点、共通認識、対立点、選択肢、決定事項などを常に視覚化します。これにより、参加者の理解を助け、議論の構造を明確にします。MiroやFigJamでは、付箋の色分け、コネクターを使った関係性の表示、エリア分けなどが有効です。
まとめ
サービス開発チームがデザイン思考ワークショップを通じて効果的に課題解決を進めるためには、意見対立を恐れず、それを建設的に扱い、チームとして強固な共通認識に基づいた合意形成を行うことが不可欠です。この記事で紹介した手順は、多様な意見の背景を深く理解し、共通点と相違点を明確にし、対立を乗り越える新しい選択肢を創造し、チームで合意した基準に基づいて最適な解を選択するための一例です。
これらの手順とファシリテーションのヒントを活用することで、チーム内のコミュニケーションを活性化し、認識のずれによる手戻りを減らし、全員が納得感を持って次の行動に移せるようになります。ぜひ、日々のチーム活動やワークショップに、これらのアプローチを取り入れてみてください。継続的に実践することで、チームのコラボレーション力と課題解決能力は向上していくでしょう。