サービス開発チーム向け 顧客の「本当の姿」をチームで共有するペルソナ作成ワークショップ手順
サービス開発における顧客理解の重要性
サービス開発において、顧客のニーズや課題を正確に把握することは、成功の鍵となります。しかし、チーム内で顧客像に対する共通認識がない場合、それぞれの立場で異なる顧客を想定してしまい、開発の方向性がぶれたり、ユーザーにとって本当に価値のある機能を見落としてしまったりする可能性があります。これにより、手戻りが発生したり、開発したサービスが顧客の期待に応えられないといった課題に直面することがあります。
このような課題を解決し、チーム全体で一貫した顧客視点を持つための有効な手段の一つが「ペルソナ」の作成です。ペルソナとは、ターゲットとなる顧客の典型的な人物像を具体的に描いたものです。属性だけでなく、行動、思考、感情、ニーズ、課題などを詳細に設定することで、チームはあたかも実在する人物であるかのように顧客を理解し、共感することができます。
この記事では、サービス開発チームが顧客の「本当の姿」を共有し、共通認識を築くためのペルソナ作成ワークショップの具体的な手順と進め方について解説します。すぐにチームで実践できるよう、必要な準備、各ステップでの具体的な作業内容、ツール活用法、そしてワークショップを成功させるためのポイントをご紹介します。
ペルソナ作成ワークショップの目的
このワークショップの主な目的は、以下の通りです。
- チームメンバー間で顧客像に対する共通理解を醸成する。
- 顧客の行動、思考、感情、ニーズ、課題に対する深い洞察を得る。
- 今後のサービス企画、設計、開発、マーケティング活動における意思決定の軸となる具体的な顧客像を確立する。
- 単なる統計データではなく、感情や背景を持つ「生きた」顧客をチームで意識できるようにする。
ワークショップ実施のための準備
ワークショップを始める前に、以下の準備をしっかりと行いましょう。
1. 目的とゴールの設定
ワークショップを通じて何を目指すのか(例: 特定のターゲット顧客層のペルソナを作成する、既存顧客の行動パターンを分析する等)を明確にし、参加者に共有します。
2. 参加者の選定
サービス開発チームのメンバーを中心に、企画、開発、デザイン、マーケティングなど、多様な視点を持つ担当者を選定します。5〜8名程度の少人数で行うのが効果的です。
3. 事前情報の収集と共有
ペルソナ作成の基盤となる情報を用意します。可能な限り、データに基づいた情報収集を心がけましょう。
- 既存の顧客データ(年齢、性別、地域、利用頻度など)
- ユーザーインタビューやアンケートの結果
- カスタマーサポートに寄せられた声
- 市場調査レポート、競合分析
- Webサイトやアプリのアクセス解析データ
これらの情報は、ワークショップ開始前に参加者に共有しておくと、よりスムーズに進行できます。情報が十分にない場合は、既存の知見や仮説からスタートし、ワークショップを通じて明確になった「仮説としてのペルソナ」を今後検証していくというアプローチも可能です。
4. 必要なツールと資料の準備
オンラインまたはオフラインでの実施形態に合わせてツールを準備します。
- オンラインの場合:
- オンラインホワイトボードツール(Miro, Figma FigJam, Muralなど)
- ビデオ会議ツール(Zoom, Microsoft Teamsなど)
- 事前情報共有のためのドキュメントツール(Google Docs, Notionなど)
- ペルソナテンプレート(オンラインホワイトボードツール内に用意するか、別途共有可能な形式で作成)
- オフラインの場合:
- 広い会議室やワークスペース
- 模造紙または大型ホワイトボード
- 付箋(複数色あると便利)
- 油性ペン
- 事前情報資料の印刷または投影
5. 時間と場所の確保
ワークショップの時間は、作成するペルソナの数や情報の量によりますが、2時間から半日程度を見積もっておくと良いでしょう。集中できる環境を確保します。
ペルソナ作成ワークショップの手順
ここでは、一般的なペルソナ作成ワークショップの手順をご紹介します。時間は目安であり、チームの状況に応じて調整してください。
ステップ1:導入・目的共有(10分)
- ワークショップの目的、ゴール、作成するペルソナの対象範囲を改めて参加者全員で確認します。
- 今日のワークショップの重要性を伝え、積極的な参加を促します。
- ワークショップの全体スケジュールを共有します。
ステップ2:既存情報とインサイトの共有・抽出(30分)
- 事前に収集・共有しておいた顧客データやインタビュー結果、サポート情報などを簡単に振り返ります。
- それぞれの情報から「気になった点」「意外だったこと」「共通していること」「疑問に思ったこと」などを個人ワークで付箋に書き出します。
- 書き出した付箋をオンラインホワイトボード上、または模造紙に貼り出し、簡単に共有します。この段階では整理せず、まずは出し切ることが重要です。
ステップ3:顧客属性の書き出しと共通点・相違点の整理(30分)
- ステップ2で出たインサイトも参考にしながら、ペルソナの基本属性(年齢、性別、居住地、職業、役職、学歴、家族構成、ITスキル、趣味など)に関する情報を付箋に書き出します。
- これらの属性情報について、チームで議論しながら共通するパターンや複数の可能性を探ります。例えば、「30代のビジネスパーソン」の中でも、独身で多忙な層と、子育て中の層では行動やニーズが大きく異なる可能性があります。
- 議論を通じて、いくつかの典型的な顧客像(ペルソナ候補)が見えてくることがあります。もし複数の候補が見える場合は、今回はどのペルソナに焦点を当てるか、または複数のペルソナを作成するかを検討します。(最初は1つの代表的なペルソナに絞るのがおすすめです)
ステップ4:行動・思考・感情・欲求・課題の深掘り(45分)
- ステップ3で定めたペルソナ候補について、さらに深いインサイトを探ります。Empathy Map(共感マップ)のフレームワークが参考になります。
- 以下の項目について、ペルソナ候補がどのような状態にあるかを議論し、付箋に書き出していきます。
- Says(発言): 彼/彼女が普段口にしていること(例: 「時間がない」「もっと簡単にできないかな」)
- Thinks(思考): 彼/彼女が考えていること、信じていること(例: 「このサービスを使うとどうなるんだろう」「他の人はどうしているんだろう」)
- Does(行動): 彼/彼女が行っている具体的な行動(例: 「毎朝SNSをチェックする」「休日は家族と過ごす」「最新ガジェットを試す」)
- Feels(感情): 彼/彼女が感じていること(例: 「ストレスを感じる」「満足している」「不安だ」)
- Pains(課題・悩み): 彼/彼女が困っていること、解決したいと思っていること、不安要素(例: 「情報収集に時間がかかる」「コストが高い」「使い方がわからない」)
- Gains(得たいこと・欲求): 彼/彼女が達成したいこと、求めているもの、成功の定義(例: 「時間を節約したい」「仕事の効率を上げたい」「周囲から評価されたい」)
- これらの要素を付箋に書き出し、ペルソナ候補ごとにグルーピングしていきます。ペルソナ候補が複数ある場合は、それぞれの行動や感情の違いが明確になるように議論します。
ステップ5:ペルソナの具体化とネーミング(20分)
- ステップ3と4で整理した情報を統合し、具体的な一人の人物像として記述します。ペルソナシートのテンプレートを活用すると、抜け漏れなく情報を整理できます。
- ペルソナに名前(例: 田中 太郎)、年齢、職業、居住地などを設定し、架空の顔写真やイラストを添えると、よりリアルに感じられます。
- ペルソナの代表的な課題やゴールを簡潔にまとめたキャッチフレーズを作成するのも効果的です。
- 複数のペルソナを作成する場合は、それぞれの違いと、チームがどのペルソナを優先して考えるべきかを明確にします。
ステップ6:ペルソナの発表とフィードバック(15分)
- 作成したペルソナをチーム全体に発表します。ペルソナの名前、背景、主な課題、欲求などをストーリー形式で語ると、感情移入しやすくなります。
- 発表後、チームメンバーからフィードバックを募ります。「この部分はデータと合っているか?」「この行動パターンは本当にありそうか?」「他に考慮すべき点はないか?」といった観点から議論し、ペルソナを洗練させます。
- 全員がペルソナに対して納得感と共感を持てる状態を目指します。
ステップ7:今後の活用方法の確認(10分)
- 作成したペルソナを今後どのように活用していくかを具体的に確認します。
- サービス企画・設計時の検討基準にする
- 機能の優先順位付けに活用する
- UI/UXデザインの指針とする
- マーケティングメッセージを考える際のターゲットとする
- 社内での顧客理解促進に役立てる
- 作成したペルソナ情報をチームメンバーがいつでも参照できる場所に保管・共有する方法を決めます(例: Wiki、共有フォルダ、オンラインホワイトボードツール上)。
ツール活用例(Miro/Figma FigJamの場合)
オンラインホワイトボードツール(Miroなど)を活用すると、リモートワーク環境でも効率的にペルソナ作成ワークショップを進めることができます。
- ワークショップボードの準備: あらかじめ、ワークショップの手順に沿ったフレームワーク(領域)を作成しておきます。例えば、「導入」「情報共有」「属性出し」「行動・思考・感情」「ペルソナシート」「発表・フィードバック」といったエリアを設けます。
- ペルソナテンプレートの配置: ステップ5で使用するペルソナシートのテンプレートをボード上に配置しておきます。Miroなどには標準でテンプレートが用意されていることが多いです。
- 情報・インサイトの貼り付け: ステップ2で抽出したインサイトや収集した情報を付箋としてボード上に貼り付けていきます。色分けやタグ付けを活用すると整理しやすくなります。
- 属性情報の書き出し: ステップ3で考えた属性情報を付箋で書き出し、関連するものを近くに配置したり、グルーピングしたりします。
- 共感マップの活用: ステップ4の深掘りには、Empathy Mapのテンプレートをボード上に配置し、それぞれの項目(Says, Thinks, Does, Feels, Pains, Gains)に付箋を貼り付けていくのが効果的です。
- ペルソナシートへの集約: ステップ5で、ボード上に散らばった情報を参照しながら、ペルソナシートテンプレートに情報を集約・記述していきます。
- 共同編集と議論: 参加者全員がリアルタイムでボードを共同編集できます。カーソル表示やコメント機能を使えば、離れていても円滑に議論を進められます。
- 完成したペルソナのエクスポート: 完成したペルソナシートを含むボード全体、または特定のフレームを画像やPDFとしてエクスポートし、チームメンバーに共有します。
ワークショップを成功させるためのポイント
- ファシリテーターの役割: ワークショップの流れをリードし、時間管理を行い、全員が発言しやすい雰囲気を作ります。議論が脱線した際には軌道修正し、特定の意見に偏りすぎないようバランスを取る役割が重要です。
- 「なぜ」を問いかける: 顧客の行動や発言の背景にある「なぜ?」を問いかけ、表面的な情報だけでなく、根源的なニーズや課題を探るように促します。
- 仮説と事実を区別する: 事前情報が限られている場合、ペルソナの一部は仮説に基づいたものになる可能性があります。どの情報が事実に基づき、どの情報が仮説かを明確にしておくことが重要です。仮説部分は今後の検証を通じてアップデートしていく計画を立てましょう。
- 完璧を目指さない: 初めてのペルソナ作成で完璧を目指す必要はありません。まずはチームで共通の顧客像を持つことを優先し、実際にサービス開発を進める中でペルソナを改善・更新していく視点が大切です。
- 作成したペルソナを活用する: ペルソナは作成して終わりではありません。日常的なチームの議論や意思決定において、「このペルソナだったらどう反応するか?」「この機能はこのペルソナの課題を解決するか?」といった問いかけをすることで、初めてその価値を発揮します。
まとめ
ペルソナ作成ワークショップは、サービス開発チームが顧客に対する深い共感を持ち、共通の視点からサービスを開発するための強力な手段です。本記事でご紹介した手順とポイントを参考に、ぜひチームで実践してみてください。
ワークショップを通じてチームで共有した顧客の「本当の姿」は、アイデア創出、機能の優先順位付け、デザイン判断など、その後のあらゆる開発プロセスにおいて、明確な指針となります。これにより、手戻りを減らし、より顧客のニーズに合致したサービスを生み出すことに繋がるでしょう。
作成したペルソナを元に、次のステップとしてカスタマージャーニーマップを作成するワークショップに進むと、さらに具体的な顧客体験のデザインに役立てることができます。